
六月大歌舞伎。調べたら歌舞伎座は去年の四月以来になるみたい。今年はなかなか行けるタイミングがなくて、でも夜の部のラインナップを見て「こりゃ行くしかねぇな」と思い衝動的にチケットを買ってしまった。いや、買えなかった。映画館のように今日暇だし行くかっていうのが通用しないと以前学んだのに、すっかり忘れてしまっていた。空いてるやつは1階席の1万8000円のみ。払えない。今金欠だから。でも、『暫』を講義で見て以来どうしても生で浴びたくてしょうがなかったので、まだ諦めなかった。リセールチケットを手当たり次第。公式で推奨するホームページは無かったものの、「おけぴ」という歌舞伎専門のリセールサイトにたった1枚だけ、しかもお目当ての3階席6000円のものがあった。よし、と思って即問い合わせ。大学で歌舞伎とか学んでるので是非ともお譲り頂きたいのですが...という私情を挟んだおねだりに対し、勉強の一助となれて幸いです、と優しい女の人が応じてくれて、無事チケット購入。3階席Bの一番後ろの列だった。
歌舞伎座に行くまでは八丁堀の比較的新しい図書館で歌舞伎の本を読んで予習。ゼミの先生に教わったことも定期的におさらいしないと記憶の奥の方に収納されてしまっていて、そういや尾上は音羽屋だったなぁとか、そういや『暫』の主人公は少年だったなぁとか、色々思い出してるうちに時間が近づいてきたので歩いて歌舞伎座へ移動。昨日ほど日差しがエグくないものの、今日も今日とて暑ちぃ。梅雨はいったいどこへやら。
到着するとやはり菊五郎菊之助襲名のお祝いムードが歌舞伎座を包み込んでいるような気がした。前回と一緒で明らかに大学生ですよっていうラフな服装で来てしまい、もしかしたら浴衣を召した上品な婆さんに軽蔑されてるかもしれないと思いつつ、どうせこいつらよりも歌舞伎への造詣は深いわ。何せ歌舞伎研究家界の権威こと矢内教授の教え子ですから。むしろそっちのアイデンティティはどんなに着飾っても得られないものであるとい優越感に浸りつつ場内を闊歩。もっと深掘りしたいと思って前回買わなかった筋書も購入。明日のバイトがんばろ。
てことでいよいよはじまりはじまり。3階席の一番後ろということで覚悟していたけど、かなり中央寄りというのもあって、全体を俯瞰できる位置でかなり見やすい。花道の見える範囲が限られてしまうのが唯一の欠点。『暫』ではその花道から主役の鎌倉権五郎が登場する訳だが、いや〜壮観だった。十三代目市川團十郎は今までテレビでしか見た事がなくて、俺様グラサンおじさんっていう幼い頃からのイメージがあったけど、声色も佇まいも流石は成田屋の由緒。いやぁカッコよかったなあ。團十郎になってから初の『暫』らしい。先代の團十郎のお顔とインタビューの優しい受け答えにまんまと虜になってしまった身としては、あのイメージがある当代に対して少し不安もあったのだが、そんな邪念をどこか遠くに吹き飛ばしてしまうような「しーーーーばーーーーらーーーーくーーーー」。この稚気。教授は鎌倉権五郎は代々子どもになったつもりで演じなければならないと言っていた。あれほど記者の前でダンディな人が、ここまで変わるのかと。芸事の美しさに取り憑かれてしまった。内容は荒唐無稽で、でも歌舞伎の様式的な魅力がたっぷり伝わる演目だった。「歌舞伎といえば」のやつを生で見れてこの上なく幸せ。
インターバルを挟んで今度は八代目菊五郎六代目菊之助の襲名口上。拍手に包まれる歌舞伎座。先ほどの『暫』といい、今回の夜の部はどこかめでたいムードがあった。どうやら映画『国宝』で襲名口上のシーンがあるらしく、本物がどういうものか分かったので、今度映画を観る上でポップコーンよりもいいお供になるんじゃないかな。そのまま襲名したばかりの八代目菊五郎六代目菊之助の舞踊『連獅子』。江戸から続く伝統ある名を継いだだけあるあまりにも華麗でなめらかな舞。菊五郎ハンパねぇ。踊りについてあまり興味が持てなかったけど、やっぱこういうのは生で見てナンボだなと。菊之助もまだ幼いのに凄いなぁ。途中の愛之助と獅童の狂言もめっちゃ面白かった。後ろの下座音楽に小気味よく二人の掛け合いが乗っかっていて、何度も笑った。そのあとの毛振りは圧巻だった。誰でもできそうだけどいざやって見ると素人にここまでの迫力は出せないだろうなと。実の親子が演じる親子の獅子の舞はほんと最高。信じられないくらい神秘的で美しかった。
ちょっとここまで贅沢すぎてお腹が膨れたのと、帰ってからやらなきゃいけないことがあるのとでもう帰ってもいいかなとも一瞬思ったけど、せっかく6000円も叩いたので最後の『芝浜革財布』も観ることにした。これがまた良かった。そういやこれは落語の講義で学んだことがある。元々落語の噺だということもあって分かりやすく、ほっこりする。松緑の声色はこれまで出てきた團十郎とかとはまた全然違った良さがあって、とにかく人間味に溢れた芝居で胸がジーンってなる。これが教授の言う「ニンがある」というやつか...。ちょっと疲れてきたあたりでこういうお茶漬けみたいなあっさりした内容を見せてもらえるのもさすがに歴史ある歌舞伎座だなって思った。構成が素晴らしい。
『暫』の風格。"襲名口上"のめでたさ。『連獅子』の美しさ。合間の寸劇の滑稽さ。『芝浜革財布』の人情味。どれも最高。こんなに至福な4時間を過ごせたのは幸せでしかない。前回見たのが割としっとりとしたもの3本だったので、今回みたいな荒っぽくめでたく歌舞伎ニワカにもたまらない演目の連続はもう〜良すぎた。とにかく團十郎カッコイイ。ファンになった。以上。