同じ名前の挑戦者

去年の12月26日に僕は穴口一輝を知った

今年の箱根駅伝でうちの大学の襷を立派に繋いで

いた綾一輝くんなんかもそうだが

近い年齢で同じ名前の人間が

人を感動させている姿を見ると

誇りに思う反面

嫉妬するし

胸をぐっと掴まれるようで

後ろから肩をバシンと叩かれるような

なんだか不思議な感覚になる

?うちの一輝は一体何が言いたいんだ?

要するにそうした活躍が僕自身に今後どうなりた

いかを問いかけてくるので、焦るってことだ

 

井上尚弥スーパーバンタム級での4団体統一と

いう前人未到の偉業を成し遂げたそのリングでは

実は直前に壮絶な闘いが繰り広げられていた

それは人間の限界に挑戦した2人の

あまりにも崇高なドラマだった

それは人間を強く感動させた2人の

あまりにも残酷な結末だった

 

わずか3Rでチャンピオン堤の顔が真っ赤に染った

有明アリーナにいた誰もが

下馬評を超えてくる挑戦者穴口の躍動に興奮した

笑顔になった

僕がさいたまで味わったどよめきのあの一体感を

きっと穴口は奏でたんだ

しかし4Rのゴング間際

チャンピオン堤の一撃が

挑戦者穴口の脳を揺らした

最初のダウンは穴口だった

会場が衝撃した

一撃で展開が読めなくなる

それがボクシングの恐ろしさ

それでも穴口はポーカーフェイスを崩さない

首を振りファイティングポーズをとる

立ち上がる

それはたった今自分を倒した男の

真っ赤に染った顔面を捉えた

これからベルトを奪い取る男の剣幕

穴口は、堤は、一切ひるまなかった

 

ここからはどちらが優勢なんてものをとっくに超

越したフェーズに突入

男と男の無言の根性の確かめ合いだ

なんてかっこいいんだろう

穴口は

何度も倒れた

何度も這い上がった

堤は

何度も倒した

何度も倒さなければならなかった

 

二人が勝つために懸けたものを

僕も持っているじゃないか

なのにどうして

僕はそれを美しく使うことが出来ないんだろう

一方でボクシングは美しいだけじゃない

ボクシングは残酷だ

昨日までの自分だけじゃなくて

明日からの自分も捧げなければならないから

ボクシングにおいて負けとは

それまでの努力を一瞬で粉砕し

これからの命を削ることを意味する

そんなものがどうして一体続くんだと思う?

それは

そんなものだと分かっていても

どうしても

その一発勝負に懸けちゃう人間がいるから

ボクシングは一か八かの賭けじゃない

運だとか不運だとかの言い訳が通用しない

歩んできた今までの人生を

なんの未練もなく

懸けることができる唯一のスポーツだから

最後まで闘い抜くことがどれほど立派なのか

ボクシングを知っていくと痛いほど理解できる

判定までもつれた試合を終えた後

痙攣する穴口を僕は見ていられなかった

あまりにも痛々しくて

 

実は

僕が穴口一輝を知ったのは

井上尚弥が日本を勝利に導いたあとだった

彼が意識不明の重体になってしまったというニュ

ースではじめて彼の名前が僕と同じだと知った

井上尚弥の試合に夢中になりすぎて

全然そんなベストバウトがあったことを

知らないでいたのだ

そっから遅れて堤vs穴口を見て

二人の勇姿に感動したと同時に

今も穴口はリングの上で闘っていることを思うと

とても辛かった

 

年を越した

紅白で僕がサッカー少年だった頃に背負った背番

号と同じ番号の人がけん玉を落とした

どん底の紫紺の襷を区間3位の走りで救った自分

と同じ名前の一年生が現れた

僕はそのたびに自分を意識した

まだ意識が回復しない穴口のことがよぎった

2024年の初日の出を願った

幸先悪く地震があったし

割と大変な世の中ではあるが

あれほど頑張って勇気を与えてくれた人間には

みんなからのありがとうを受け取って欲しい

 

血圧などの数値が回復したというニュースを知っ

たときはたしかバイトの休憩中だったか

ちょっと嬉しくなった

ただ、その後はあまり情報がなくて

いつしかよく分からない騒動ばかりが話題になっ

てしまっている世の中に対していらいらする日々

去年の師走に僕に勇気を与えてくれた

同じ名前の挑戦者の存在を思い出す回数もだんだ

ん減っていった

 

今日、穴口が亡くなった

23歳の若さで1歳の子供がいたということを

今日の記事で初めて知った

悲しかったけど

自分と同じ名前の挑戦者の

あまりにも長く、辛い闘いが

終わったということにお疲れさまと言いたい

ゆっくり休んでほしい

 

こんな文章を書いてる間にも

カタコトのアジア人女性に声をかけられた

「チカクノエキハドコニアリマスカ!?」

すごく深刻そう

だいぶ後ろには腕を抑えた女の子がいる

「ビョウインアト!」

おそらく急遽病院を頼った挙句、最寄り駅が分か

らなくなってしまったのだろう

僕の読書で磨いた読解力は通用しているだろうか

なんせ僕はたった今駅を出てビルの角を曲がった

ばかりだった

そのため

僕が居なくても全然たどり着く感じだったけど

頼られたので教えてあげることにした

でも一応、カタコトの感謝を頂いた

穴口なんかとは全然比べ物にならないけど

僕もありがとうって言われたよ