キッチンカー

フジテレビに用があった

 

大学生になってもう2年経ち、最近は書店での働

き方も安定して自分の時間を生きている気がする

悠々自適といっていいのか世を捨てたといってい

いのか自分でも分からなくなってきている2024年

僕の中で空前の恐竜ブームが巻きおこっている

それが人と人との繋がりの中で決して大切とは言

えなくなってきている時代に、自分の感性を愛す

ることを半ば自虐的になりながら徹底している

そんな人間がいよいよ"恐竜"にたどり着いてしま

ったのだ

 

この間、お台場で行われている

「恐竜博2024」の派遣バイトを見つけたので

ヘンな行動力でソッコー応募した

そして今日が待ちに待ったバイト当日

 

翌朝から夕方までのバイトも、恐竜博なら絶対苦

じゃないと思って友達とオールナイト通話をして

しまったから

電車の中でさすがに瞼の電池が切れて

死んだように寝た

ゆりかもめの窓を染める美しいスカイブルーを

背もたれにして立ったまま寝た

だけど

普段ならやらかす遅刻も乗り過ごしも無か った

し、いい一日になりそうな気がする心地よい眠り

だった

台場で降りて朝マックを齧りながらまた寝た

 

そうしてフジテレビにやって来た

本来お金を払わなきゃ見られない凄いものを

逆にお金を貰って見れるなんてズルすぎる!

そして子供達が世界の不思議に目を輝かせる姿を

目に焼き付けていつかの脚本に役立たせるという

一石二鳥システムが僕をワクワクさせた

しかし僕がフジテレビの広場に行くと

恐竜ブースと思わしきものはどこにもなく

そのかわり巨大なキッチンカーがあった

...現状を理解するまでにたぶん2分程かかった

今思えばまあそりゃ面接もしないような派遣会社

に申し込んだ結果こうなる可能性は少しでも考慮

しておいた方が良かったのだろう

もうショックで、あまりにもショックで

むしろ目が冴えた

あんなに眠かったのに

フジテレビのロゴのように目がガンギマリだf:id:kzombie:20240413184859p:image

深夜テンションを引きずってる訳なので

もはや、

最悪!というよりウケるんですけどwwwって感じ

 

と、むこうから女の人が

まるで早送りかのようにスタスタ歩いてくる

小柄で顔が濃いめだが、100%ダウナー系

おそらく今回僕以外に申し込んだもう1人の派遣

の人だ

そこそこ綺麗な方なのかなあと思ったけど

それ以上にたぶん変な人だ

なんか、諦念の笑みに支配された僕とは対照的に

「なんすか?」みたいな空気を纏っているので

"抜かりなくやる"タイプの変な人だと予感した

僕と真逆の変な人だから、お互いに変だと思って

るのも察した

高校生の時、そういう人に1年間仕草や喋り方な

どいろんな部分を変だよって言われ続けた辛い経

験がある

本来、変じゃない人って僕のことを変だと思って

も表に出さないでくれるといつからか気づいた

低い声、低いテンション、最低限のリアクション

ただ動きに無駄がなく

何もかもがロボットのようにカッキリしてる

もう僕は嫌われたのだろうか

すると突然「ここはじめてですか?食堂案内しま

す」とフジテレビ2階の食堂に連れていかれた

どうやら昨日もフジテレビのどっかの売り場に派

遣されていたらしくいろいろ教えてくれるのだが

それにしてもこの人、歩く速度が速すぎる

※予め断っておくけどそういうところにだんだん

惹かれていく物語ではないのであしからず

やがて恐竜の気配をミジンも感じないキッチンカ

ーの中へ入り、説明を受ける

社員と思われるおっとりした声の若い女性がいろ

んな作業のやり方を教えてくれる

けどメモ帳とペンなんて持ってきてないし

だいたい覚えるのが嫌だった

だって僕はお台場に、"恐竜を売り"に来たんだ

僕がこれから売るのはティラノサウルスすら怯え

るようなおびただしい数のコロッケとメンチカツ

一応福井産の若狭牛使用というしょうもない繋が

りがあるのが腹が立つ

ジュラ紀にも白亜紀にも存在しない有象無象の揚

げ物に怯んでいると

僕とおなじくらい若い女の子が2人やってきた

2人ともハキハキした声で挨拶して入ってくる

この子達は派遣じゃなくて正規なのだろう

大学生だろうか

急に恥ずかしくなった

キッチンカーの中は圧倒的に女性が多かった

唯一の男性といえばずっと蕎麦茹での下準備をし

ている料理長みたいなおじさんだけ

大鍋を掻き回しながら今やってきた女の子2人に

死ぬほどつまらないジョークをかましている

ちなみに僕はレストランの料理長はこの世で一番

分かり合えなさそうな人間だと決めつけている

どこの店でも料理長のパーソナリティって一緒

基本喋らないけど時々ボソッと吐き捨てる

あの、

"君らはたった今僕が作った料理を提供しているん

だ"みたいなふんぞり返り方がすごく鼻につく

 

マズすぎる環境の中でなんとか一日のモチベーシ

ョンを保つことにした僕は、あくまで派遣の役割

としてせめて邪魔しない程度に元気よく「いらっ

しゃいませ」を言うことを心がけた

ピノサウルスのぬいぐるみを持った幼児がや

ってきて、「アンキロサウルス!」と言ってきた

本当はスピノサウルスだけど「アンキロサウル

スだ〜」と口パクしてニコニコしてみると

目の前のコロッケに指をさしてきて

「いらない」と一言残して去ってしまった

 

客が来た

"立ち上がり"が誰よりも不器用な僕にとって

コロッケをトングで掴んで紙に包む作業がもう難

しくて手こずり、さっそく失笑された

僕は自分が絶対に非効率だと思うやり方にチュー

ニングをする作業が本当に苦手

ブカブカのポリ手袋で包み紙を開くのって物理的

に考えて非効率じゃないか?と一度考えてしまっ

たらもうどうしてもポリ手袋を外したくなって

つけたままでの成功率が5%くらいになる

「この段ボールを開けてください」

とハサミを手渡された

僕はあれだけ書店で作業しているのに手こずった

というのも僕は今まで段ボールをハサミで開封

たことがなくて、爪でペリペリするかカッターで

切るかのどちらかだった

今調べたら刃を閉じたままビーってできるらしい

んだけどそんなの知らないから刃をかっぴらいて

カッターの要領で開封しても当然カッターより切

れ味が悪くて刃が通らない

仕方なくジョキジョキしてるとアナザー派遣さん

がカッターを持ってきて笑いながら切ってくれた

恥ずかしさをグッとこらえて「カッターのがいい

ですよねww」って言うとちょっと笑ってくれた

これで良かったのか???

 

それだけじゃない

狭い狭いキッチンカーの中を6人が動き回る

飯時が近づいてどんどん混んでくると冗談抜きで

北斗百裂拳のように手を動かし続けることになる

行列を正確に捌くために

番号札を挟んだレシートを見ながらショーケース

を開けたり後ろの蕎麦やカツ丼を手配する

必要があれば箸とナプキンと一緒にお盆に乗せる

コロッケとメンチカツは似ている

しかもコロッケに関しては2種類ある

最初判別が全くつかなくてアタフタしているとも

う次のレシートが流れてきてたまってしまう

注文の多いレシートよりすぐ出せるレシートを優

先したり、反対に注文の多いレシートを早く消化

しなければならなかったり、そのへんは"臨機応

変"に対応していかなければならない

効率化されていない状態での臨機応変

私の嫌いな言葉です

レジの人が注文されたものをハッキリ復唱する

うしろで作ってる人はそれを頭に入れて作る

それでも頭から抜けてしまうのをカバーするよう

にレシートを読み上げるのも前の人がやらなけれ

ばならない

きわめてアナログなやり方だと思う

明らかに派遣の人が初日でやるキャパシティじゃ

ない

ふだんは相手の人間性を観察したりして行楽的に

木船を漕ぐようにゆったり働いている僕が急に団

体ヨット競技に出場させられるようなものだった

 

それまで談笑しながらゆっくりやっていた女性が

ピークになると急に機械のようになる

気づけばおっとりしていた社員の人ですらモンス

ター討伐ゲームのマルチプレイみたいな指示の仕

方になっている

女の子2人に関してはもはやすでに僕を嫌ってい

るんじゃないだろうか

もしそうじゃなくても糞木偶の坊くらいは思って

いるに違いない

キッチンカーの女性はもしかすると恐竜より強い

のかもしれない

この感覚、はじめてやった(3日で辞めた)渋谷のし

ゃぶしゃぶ屋のバイトを思い出した

このキッチンカーに絶対に"やりがい"なんてある

はずないのに一体何がモチベーションでこの人達

は続けているのだろうか

こいつら修行でもしてんのか?」

 

元サッカー部で現役有名私大生の男が天と地がこ

んがらがって手足がもつれて女の子の足を引っ張

る姿を客観的に見たら結構グロいのだが

だいたい派遣のキャパでこんなの対応できる訳な

いと思う

なのにアナザー派遣はまじで完璧にこなしてる

絶対に僕よりも頭が悪いと思っていた彼女は頭の

回転が少なくとも僕の5倍は速い

 

やがて長蛇の列が出来てしまうと地獄

ウルガッシャーン!!麺つゆドバァァァ!!

これ頼んでませんけど??コロッケぽとり

遅いんですけど!トレーが足りない!!

ドリンクのフタがしまらない

何よりショーケースの前はサウナくらい暑くて頭

がおかしくなりそうだ

休日のお台場のイベント会場ということもあって

たぶん僕が今やっているのは飲食の中でも最難関

ではないだろうか

 

「カナザワさんレジお願いします!」

レジしかできないのにやっとレジを任された

ただ

シニアに合わせた書店の時間の流れとは訳が違う

お金をしまう間もなく次から次へと注文がくる

未だに書店でもよくやるちょっとしたタッチミス

みたいなのがマジで絶大なダメージになる

特に手こずるのは

無造作にレジ袋に入った番号札

同じ番号のクリップと札がくっついている

札を客に渡して

出した再レシートにそれをくっつけて横の前衛に

渡すのがレジの役目なのだが

いつの間にかレジ袋の中でほとんどのクリップと

札とが分裂してしまっている

べつに言い訳だと言われてもいいけど

これはシステム上の重大な欠陥だと思う

いちいちレジ袋をゴソゴソして神経衰弱するなら

番号札をプラスチックじゃなくて紙のカードに

して番号順に上からめくっていくとかの方がいい

と思う

番号順じゃないことに関しては大きな懸念があっ

て、それが現実になってしまった

「16番の人のまだですか??」

「え?16?」

僕は青ざめた

あのときくっつけたのは16じゃなくて18だったか

もしれない...

すると女の子がうしろからババっと出てきて

レジの取引履歴を確認する

そしてそのメニューを大きな声で読み上げる

その声の恐ろしさ

とりあえずなんとかなったみたいだが

安心できるわけがなかった

アタフタする僕を嘲笑うように見ているお母さん

「おろしそばのおろし抜きでお願いできる?」

850円の素そば買うならコンビニ行け馬鹿野郎と

いう僕のツッコミ機能が作動しているうちに矢継

ぎ早にメニューを言っていくから、最終的におろ

し抜きとレシートに書くのを忘れてしまった

後の客の会計中にギリギリ気づいたからなんとか

なったけどあわや大クレームの火種をつくる所だ

あぶねー...と思いながら後の接客をしていると

間違えてお釣りじゃなくて貰ったお金を客に渡し

てしまった

あれだけ書店で自己客観視と判断力を身につけた

と思っていた自分の精神はもうズタボロだ

自己客観視だけは一丁前だからモタモタ、キョロ

キョロしてる自分が嫌で嫌で仕方がない

こんな僕を1年半働かせてくれる書店の人達は

そんな僕と知った上で優しいのだろうか

なんて思っていると昼休憩

 

いちいちクヨクヨしても仕方ないけど

僕は派遣サイボーグではない

バイト戦士でもない

僕は人間だ

でもあのキッチンカーは人間性を否定してくる

そしてあんな過酷なアドリブにも適応できる人も

いる

今思えばあの女性のテンションは最初から派遣バ

イト戦士の様相だった気がする