月間エンタメ大賞(2024.2)

1.映画『紅の豚

ー飛ばねぇ豚は、ただの豚だ。ー

f:id:kzombie:20240229224413j:image

僕にとって宮崎駿監督作品の鑑賞は通過儀礼。20代になって最初のスタジオジブリは、またしても世界の秘密を教えてくれた。それは情熱の美しさ。それは空への憧れ。それは"本物の"かっこよさ。宮崎駿は本当に偉大な人物なのだと、この主人公に何度思わされたことか。いつかこの映画が教えてくれたことが暗い洞穴のような僕の日常を灯す松明になる瞬間が来ると思うと、生きているのが楽しくなる。

 

2.ドラマ『光る君へ』5~8話

ー越えてはいけない神社の垣根を踏み越えてしまうほど恋しいお前に会いたいー

f:id:kzombie:20240229224629j:image

道長がまひろに宛てた↑の手紙の内容は、きっと散楽師の直秀がまひろに密かに抱く感情と一緒なのではないだろうか。御簾とマスク。身体的な距離感。現代は平安時代に似ている。ただ違う要素として、彼らは僕達よりも命が短かった。それゆえに皆、ひたすら生を全うした。文よりも、文を経て、邂逅を大切にした。そういう描き方をする大石静の見事なドラマは合戦のそれよりも刺激的だし、美しいと思える。

 

3.映画『ローマの休日

ーRome. By all means Rome. I will cherish my visit here in memory as long as I live. ー

f:id:kzombie:20240229225858j:image

銀幕の妖精と言われる、その理由が分かった。新居でのホームシアター初上映作品は『ローマの休日』。オードリー・ヘップバーンのモノクロに色を乗せてしまうようなとてつもないオーラ。70年ずっと生きているそれはまさに映画の魔法そのもの。女王が再び遠い世界へ帰ってしまう悲しみの中で、画面にクローズアップされた神秘的な彼女のローマへの告白は映画の神髄であり、映画の一つの到達点である。

 

4.映画『瞳をとじて

カール・ドライヤー以来、映画は奇跡を起こせていない。ー

f:id:kzombie:20240301003854j:image

あの日、大学の資料室でビクトル・エリセが描く少女の眼の囚われの身となってから、僕は映画の奇跡を信じ続けてきた。だけどこの頃、物語たちは映像視聴メディアに取って代わられ、あろうことか、映画館のスクリーンから立ち退きを命じられている。特別何も起きない2時間を経て、映画最盛期の巨匠が現代でもう一度フィルムで奇跡を起こす。そのライブ感。それだけでこの体験は貴重だったように思える。

 

5.漫画『アドルフに告ぐ

ーどの人種が劣等だとか どの民族が高級だとか あおりたてるのは ほんのわずかひとにぎりの おエライさんさ...ー

f:id:kzombie:20240301003649j:image

ふりかざそうとしたそれが正義ではなく悪だと気づけない大人たちがいっぱいいる。『アドルフに告ぐ』を読んで、またしても漫画の神様に襟を正された。人間誰しも引け目や負い目を抱えながら生きている。それは仕方の無いことだけど、今の世の中に、それに対する抑止力となる"理性"は根を張っているのか。命への執着が強い人ほど悪意に飲まれていく。ヒトラーがその最果ての景色を見たってだけで、僕らも別に...。

 

6.映画『夜明けのすべて』

ー男女間であろうとも、まぁ苦手な人であれど、助けられることは、ある。ー

f:id:kzombie:20240229230548j:image

弱い人間が登場する。べつに被害者でもなく、無論ヒトラーのような加害者でもない。彼らの"日常"を切り取って、ちょっとだけ深い部分にお邪魔するやり方は、現代に問われる多様性対フィクションの模範解答かもしれない。彼らの空気と声が、"僕らの知らない場所で闘ってる人間がいるんだ"と思わせ、そういう人間じゃない僕らにも"闘わなきゃいけないこと"があるよね、と優しく教えてくれる。そんな映画。

 

7.ドラマ『不適切にもほどがある』5話

ー肩幅は得意だろ!なぁ宇宙人!ー

f:id:kzombie:20240301003938j:image

脚本家・宮藤官九郎の良さが滲み出る一話だった。"風刺"という優れた作家が患う一種の職業病のせいでちょっとコントロールを失った回もあったけど、ようやくクドカン"らしさ"を持ってきてくれた。小難しいことはしなくてもクドカンの懐にある人情のピースが結局凍りきった現代のドラマシーンに強い打撃を与えてくれることがよく分かる回。なにより、阿部サダヲ錦戸亮(古田新太)の関係性が素晴らしかった。

 

8.映画『コット、はじまりの夏』

ー沈黙は悪くない。沢山の人が沈黙の機会を逃し、多くのものを失ってきた。ー

f:id:kzombie:20240301004329p:image

高学歴・ホワイトカラーを見据えて育てることが本当に生まれてきてくれた子どもへの恩返しなのだろうか。そうは思わない。子どもには子どもの訴えがある。たとえ伝わらないとしても大人が忘れてきた大切なエネルギーがある。それは灰色の世界で育つ寡黙な少女が駆け出した、アイルランドの自然と人の温もりが内なる宇宙に語りかけてくれる素晴らしいひと夏だった。

 

9.映画『Love letter』

ーやっぱり照れくさくて、この手紙は出せません。ー

f:id:kzombie:20240301004447j:image

敬遠していた岩井俊二に、ようやく向き合った。そしてホームランこそは無いけれども、二塁打を打たれた。元々新海の某映画が好きな僕にこれがはまらない訳がないのに、やっぱり食わず嫌いは良くないなあと思える映画だった。淡すぎる青春の回想から現実に一枚の図書カードが贈られてくる。あの瞬間の「やられた!」っていう感情こそ、映画のサプライズと青春のいじわるが調和した素晴らしい体験。

 

 

10.サッカー アジアカップ準決勝日本vsイラン

ー悲痛ー

f:id:kzombie:20240301004549j:image

あまりにも痛すぎる敗戦。"悔しい"というより、"悲しい"とか、"無念"だとか、そういう感情が先行する感覚。結局足りなかったのは日本人の情熱か。地上波もやったりやらなかったり、観客も僅か。とどめを刺すのは例の一件。最強布陣を擁したSAMURAIに2011年以来の優勝を信じたいちサッカーファンにとっては、あまりにも心苦しい結果だった...。カタールのあの団結をもう一回見たかった...。